朗報!
東トルキスタン国旗が
届きました。
世界ウイグル会議の方々が
わざわざ 店に来てくれ
色々 話をしていただき かねてから
無理な お願いと思いつつも
掲げたかった 国旗を
預けていってくれました。
mixi では コミュもあります。
常時 店に 掲げておくけど ライブや デモなどでは
持ち出して 掲げていく所存です。
ウイグル流儀も教わりましたので
日本流儀を示していかなければ。
身を引き締めて。
■長野で逮捕の容疑者釈放を…台湾のチベット支援団体が声明
(読売新聞 - 04月29日 21:24)
産経では「泣きながら乱入」とあり
こちらでは 産経を 取り上げる。
ハプニングは突然起きた。
JR長野駅や善光寺周辺と
比べて、
比較的観客の数が少ないコース中ごろの沿道。
「フリーチベット!」。
チベットの旗を握りしめた男が
ロープをまたいで車道へ飛び出し、
聖火ランナー
の列に飛び込んだ。
警官隊に取り押さえられ、
地面に顔を押さえつけられながらも、
「フリーチベット」の泣き叫ぶような声は消えない。
男
は、台湾に住む亡命チベット人2世の古物商、
タシィ・ツゥリンさん(42)。
「私はオリンピックに反対しているわけではない。
ただ、チベットの惨状を全世
界に訴える絶好の機会だと思っている」。
この日朝、沿道の別の場所でチベットの旗を広げていた
タシィさんは記者にそう話していた。
タシィさんは、中国のチベット侵攻後の1959年、
チベットからインドに亡命し、その地で生まれた。
紛争は直接経験していないが、
父親の壮絶な体験がタシィさんの心に刻み込まれている。
父親は紛争の最中、政治的理由で中国公安当局に拘束され、
死刑を宣告された。
しかし執行の前日、一か八か、小さな窓から絶壁に向かって飛び降りて脱走、
一命を取り留めた。
その後、夫婦で当時7歳だった兄を連れて2週間かけて、
命からがらヒマラヤ山脈を越えたという。
「チベット独立は両親の悲願でもある。
それを実現するためには、残りすべての人生を犠牲にする覚悟がある」
チベット難民として暮らしたインドでは、
常に 「どこにも所属しないホームレスのような感じだった」。
しかし、ダライ・ラマ14世の言葉に接し、考え方が変わった。
「チベットはチベット人のもの。暴力を使わず、平和的に訴えることで、
私たちの『自由』を取り戻したい」。
タシィさんは25日夜に長野入り。
タイの聖火リレーでも抗議活動に参加したが、
そのときと比べると、日本のほうがチベット支援者が多いことに驚いたといい、
「応援してくれる日本のみなさんに感謝している」と述べていた。
テレビ番組「スッキリ!」では こんな様子だったそうだ。
勝谷氏「彼は聖火を妨害しようとしたわけじゃなくて、
チベットの国旗をカメラに向けたかっただけ。
捕まったのはしょうがないが、どういういわれかを伝えておきます」
テリー伊藤氏「ランナー、チベット、中国、全てが傷ついて哀れだった。
欽ちゃんだってまきこまれちゃった。
チベットの人たちだって暴徒としてしか紹介されない。つらいですよね」
「中国の人たちだって、間違った愛国心のなかで旗を立ててどなっていると、
世界中がひいていく。それに気づかない哀れさみたいなものを感ずる」という。
加藤浩次氏「とりあえずランナーにはけが人もなかったし、
成功だったという雰囲気だが、どうなんですか」
そして 再び 勝谷氏は このチベット人男性のことをとりあげ、
「ニューヨーク・ポストに載ったことは大きい」といっていた。
(俺は ニューヨーク・ポスト未確認)
さらに
「何かあったときに、東京都心が赤い旗で埋められる可能性があることがわかった。
そして、かなりの日本人が中国人に暴行を受けているんだが、
日本の警察は一切中国人を逮捕しなかった」とも。
mixi上では アリ@FREE TIBETさんの 日記に詳しい。
俺達などが 抱いてる 言葉の持つ意味は あらかじめ
捨ててかからないと 駄目だよ。
で 慌てて 台湾関係に詳しい方と 連絡を取り
知らせを受けました。
台湾の長野関係報道
と こちらも 報道関係。
本日
台北の交流協会台北事務所前にて 支援団体が デモを行ったと思います。
台北の支援者は「他の抗議者と違って卵や物品を投げてはいない」としています。
続報あれば また。